8/6(土)は歌劇「ポントの王ミトリダーテ」(セミステージ形式)に出演します。
天才モーツァルトがわずか14歳で作曲したこの作品は、歴史上実在した人物ミトリダーテ王(紀元前132〜同63年)を主人公としています。モーツァルトが書いた最初のオペラ・セリア(悲劇)として言及されることはありますが、国内はもちろん世界的にも決して上演機会は多くありません。歌詞はイタリア語、初演はミラノの宮廷歌劇場で14歳の(!)モーツァルト自身の指揮によって行われ大きな成功を収めたとされています。
ポント=ポントス王国は現在で言うトルコの一部にあたり、クリミア半島(ウクライナとロシアの問題で度々ニュースでも聞かれます)がある黒海の沿岸部を領地としていました。そのポントの国王であるミトリダーテ6世は、史実では自らの地位保全のために血縁者をも殺害する残虐な暴君でもあり、敵の奸計による毒殺に対抗するために独自に長年かけて毒への免疫耐性をつける(あえて少量の毒を飲み続けて体を毒に慣れさせる)という奇想天外な発想と行動力を持った人物でもあったそうです。しかしオペラの作品中でこうした部分が現れることは無く、国王が海外遠征の留守中に妻が2人の息子と恋愛関係(!)になっているのではないかという疑念から、常に怒りと猜疑心に苦しむ”悩める王”としてのシーンがほとんどです。(最後は舞台上で息を引き取ります。)
特に今年は「愛の妙薬」と「セビリアの理髪師」という自分のレパートリーの中心にあるオペラ・ブッファ(喜劇)での出演が続いたため、初役となるこの大きな役柄(国王、父親、絶命シーン有り、など)を悲劇的に歌い演じることのギャップを楽しんでいます。過去に演じた同じようなカテゴリーの役柄としては「タンクレーディ」のアルジーリオ、「マオメット2世」のエリッソ(どちらもロッシーニ作曲)がありますが、今回のミトリダーテ役は自分にとってはそれら以上に声楽的演奏難易度が高く感じますね。その上、レチタティーヴォ(歌わずに「語る」ような部分)が非常に多いので覚えるのも苦労しています!…
モーツァルトが作曲した当時はテノールの高音域は裏声で歌われていたとされますが、現代において上演される時はもちろん全て胸声での歌唱を求められるため、この時代の作品を歌唱する際は必然的に”極端に”難易度が高くなります。さらに当時はまだバリトンという声種が確立されておらず、この作品ではおそらくミトリダーテ役がその役割を担っていることから普通のテノールの諸役と比較してかなり低音域も充実しています。時には2オクターブ近い音の跳躍が求められたり、広い音域を網羅した極めて息の長いフレーズが与えられたりしていて、「ここはどうやって歌えばいいのだろう…」と一瞬考え込んでしまうような歌唱部分もたくさんあります。当時のオペラ歌手の技術力の高さには舌を巻くしかありませんね!
なお、ソプラノやメゾソプラノなどの女声歌手が男性の役を演じる”ズボン役”が、この作品にはなんと3人も登場します。男声は主役のミトリダーテと端役(と言っても、超絶技巧を要するアリアが与えられている難役です!)のマルツィオの2人だけで、どちらもテノールの役となっています。今回はセミステージ形式ということで、演技は最小限ながらも衣装は着けるので誰がどの役か分かると思いますが、もし完全な演奏会形式で歌唱のみの上演だったら役柄の性別が分かりづらいことになったかもしれませんね!
本番までもう前日のゲネプロを残すのみとなりましたが、貴重な演目に出演出来ることに感謝して、引き続き良い公演になるよう頑張りたいと思います。戦に明け暮れた国王らしく、本番までに血の滴るたっぷりのお肉でも食べようかな!(笑)
(※写真上:ミトリダーテ王の絵。 中央:ミトリダーテ王の銅像。ターバンは虎のような猛獣のデザイン。 左下:今回使用している楽譜。ベーレンライター版。 右下:ミトリダーテ役のアリアの一部分。分かる人には分かる難しさ…)