8人の作曲家の最後は、オペラと歌曲の両分野で名を残すフランスのマスネです。
ジュール・マスネ(1842〜1912年)は”フランスオペラ”を語る上で必ず名前の出る作曲家で、例えば超有名オペラ「カルメン」を作ったビゼーの方が一般に名前は知られているとしても、題材がスペインの物語である上に「ハバネラ」や「セギディーリャ」などの民族的舞踊曲も効果的に使用されていることからその音楽は必ずしも純フランス的とは言えず(同作曲家の「真珠採り」も有名オペラだが、こちらはスリランカが舞台で音楽も異国情緒に溢れています。)、対してマスネはオペラの題材こそ国際色豊かに採用しているものの、作曲された音楽は常にフランスの香り(=イタリアやドイツの音楽とは異なるニュアンス)を漂わせ、特に歌のメロディーが持つロマンティシズム(叙情性)は、同じくフランス的作曲家の代表であるグノーと並んで他の同国出身作曲家の中でも際立っているように思います。
イタリアの多くの作曲家がオペラ一辺倒になる傾向にあるのに対し、マスネは芸術歌曲の分野(200曲以上作曲しています!)でも100年後も生き続ける作品をいくつか残しています。特にテノールのレパートリーで言えばそれは「エレジー(悲歌) Élégie」であり、今回歌う『君の青い瞳を開けて Ouvre tes yeux bleus』ということになるでしょう。
どちらもテノールの愛唱歌として世界中で歌い継がれている名曲ですが、よりオペラ的で、より外向的(≒”地中海的”)な曲想なのが『君の青い瞳を開けて』です。曲の構成に「ひと工夫」されていて、前半はピアノの伴奏が分散和音(アルペジオ)で歌詞は男性の台詞、後半は伴奏が連打音形となり歌詞は女性の台詞、とそれぞれ明確に書き分けられています。しかしロマンティックで煽情的なメロディーは全編に溢れていて、どこを切り取って聴いても男女の愛に満ちた音楽が伝わってくるようです。そして夜を共にした後の朝に恋人たちが会話するその歌詞は、さらに官能的に「愛」を物語ってくれています。
この曲をコンサートで歌うテノールには、フレージングの豊かな抑揚と高音が魅力のスペインのアルフレード・クラウス、ゆっくり目のテンポで可憐みたっぷりの同ホセ・カレーラス、より「ラテン的」でカンツォーネの如く大らかに歌い上げるメキシコのローランド・ビリャソン(ヴィラゾン)、など数多くいるのですが、個人的には本家フランスの往年の名テノール、アラン・ヴァンゾのネイティブな発音と、いかにもフランスの香り漂う粋な歌い回しが最もマスネのイメージに近いように感じるので好んで録音を聴いています。今回はそのヴァンゾと同じ調性(最高音はA=ラ)で歌う予定です。
(歌詞)
君の青い瞳を開けておくれ、僕の可愛い人、
ほら朝だよ。
ヨシキリが愛の歌をもう口ずさんでいる。
朝日が薔薇を花開かせている、
花咲くマーガレットを摘みに僕とおいでよ。
目を覚まして!目を覚ましておくれよ!
君の青い瞳を開けておくれ、僕の可愛い人、
ほら朝だよ。
どうして大地とその美しさにそんなに見惚(みと)れるの?…
夏の朝よりも愛はずっと甘く神秘的なのよ。
小鳥が勝利の歌を激しく歌っているのは私の体の中、
そして私たちを燃やす偉大な太陽は私の心の中にあるのです!
(※写真右上:マスネの肖像画と自らが作曲したオペラのタイトル。 右下:『君の青い瞳を開けて』の楽譜より前後半の境目の部分。前述のようにピアノの伴奏の形がはっきりと変化しているのが分かる。ちなみに後半の女性の台詞部分になっても、特に声色を女性ぽく変えたりはしない。)