特に日本では最も人気のあるオペラ作曲家プッチーニからは、3つの作品をご紹介します。
まず歌曲からは、1904年に作曲された『魂の歌 Canto d’anime』。プッチーニが46歳になるこの年の初めには、のちに代表作となるオペラ「蝶々夫人」を作曲、初演しています。そしてこの「蝶々夫人」を含むそれまでの4つのオペラ作品(他は「マノン・レスコー」「ラ・ボエーム」「トスカ」)でプッチーニに台本を提供していたルイージ・イッリカがこの歌曲の作詞者です。
《年月は過ぎ去り…我が短き春は消え去って行く…だが心の闇の中で理想はまだ強く孤独に生きているのだ…歌え理想よ、力強く!忘却と憎しみと死に挑むために!》という歌詞の内容は、人間が年齢を重ねる事へのアンチテーゼのようにも読み取れます。イッリカとプッチーニは1歳違いでこの時が40代後半、お互い充分に成功も失敗も経験して、これから50代を迎えようという時期にこうした内容の歌が生まれたのも必然と言えるでしょうか。(自分もそれくらいの年齢に差し掛かってきていますが…なお今回が初披露の曲です。)
しかし今回この曲を選んだのは音楽的な観点からで、2分程度の短い曲ながらエネルギッシュでスケールの大きさが魅力のこの曲は、実は今回のリサイタルで直後に歌う歌劇「ジャンニ・スキッキ」のアリア、『フィレンツェは花咲く木のように Firenze è come un albero fiorito』と曲調が酷似しているのです。調性(キー)も同じで、冒頭の前奏の形も非常によく似ているので、今回この2曲を連続して歌い出した時にお客様の中には「おや?同じ曲をもう一回やるのかな?」と思ってしまう人もいるかもしれませれんね!
『魂の歌』が作曲された14年後に歌劇「ジャンニ・スキッキ」は作られているのですが、プッチーニに限らず多くの作曲家が以前に作曲して気に入ったメロディーを後年別の作品に再利用するという手法を用いています。まだ著作権などの概念も生まれてない時代ゆえの”オペラ作曲家あるある”かもしれませんね!プッチーニは他にも同じフレーズを歌曲とオペラで共有した作品がいくつもあるので、いつかまたそうした曲を紹介できる機会があったらいいなと思っています。
(歌詞)
年月は過ぎ去り、裏切りや幻想は花々や希望を切り落とす。
無意味で悩ましき欲望の中で
我が短き春は消え去って行く。
だが、理想はまだ心の闇の中で
強く孤独に生き、歌っているのだ、
まるで永遠に星が光る夜に
鶯(うぐいす)が独りぼっちで賛美しているかのように。
理想よ歌え、歌え、お前一人で力強く
そして大胆不敵な霧に向かって
飛翔の高度を引き上げよ、
闇の無い、全てが太陽の場所で、
忘却と憎悪と死に挑むために!
(※写真右上:プッチーニ(右)と作詞者のイッリカ。『魂の歌』での共同作業から数年後、生涯にわたって絶縁してしまう。 写真右下:『魂の歌』と「ジャンニ・スキッキ」のアリアの冒頭部分の比較。)