ヴェルディのアリアは世界で最も有名なオペラの一つ、「椿姫」から!
この作品の初演の歴史的失敗は有名で、オペラの客層とは離れた階級である「娼婦」が主人公であることへの反発、歌手たちの練習不足、主演ソプラノの見た目(結核で儚く死んでいく役柄にはふさわしくない「大きな体型」だったそうです!)などがその理由とされています。またそれまでのオペラ作品の常識と異なり、今で言うところの「現代劇」であるこの物語の時代設定に聴衆が戸惑ったとも言われますが、回を重ねるごとに人気は上昇し、間もなく世界的なヒット作品となりました。
フランスの地方貴族の青年アルフレード(テノール)は大都会パリの高級娼婦ヴィオレッタ(ソプラノ)と恋仲となり、彼女に華やかな暮らしを捨てさせてパリ郊外で二人で慎ましやかな生活を始めました。《彼女から離れては僕に幸せは無い…僕のために過去を忘れた彼女も今は幸せなのだ…》と語るレチタティーヴォ(叙唱、朗唱)と、《僕の燃える心を彼女は愛の微笑みで癒してくれた…「まるで天国で生きているようだわ」と彼女は言う》と歌うアリア(詠唱)で構成されたこのシーンは第2幕の冒頭に置かれ、ヴィオレッタを心から愛するアルフレードの純粋さや、彼女が自分のために生活習慣を改めてくれたことへの満足感、喜びが表現されています。(しかしこのアリアの直後から物語の悲劇が始まります…)
アルフレード役はテノールがオペラデビューする時にしばしば選ばれるキャラクターですが、これはこの役には飛び抜けて難しい高音が無いことや、歌唱時間が多過ぎないこと(=喉が疲れにくいこと)などが理由に挙げられます。一方で役柄としては決して「オイシイ役」では無いため(上演の評価がどうしてもヴィオレッタに集中するため)、ある程度キャリアを重ねたテノール歌手はあまり好んで出演したがらない、なんて話もあるくらいです。(1955年のスカラ座公演初日で、ヴィオレッタ役のマリア・カラスが熱狂的な拍手と歓声を受けたことに嫉妬したアルフレード役のディ・ステーファノが2回目以降の出演をキャンセルして、急遽ジャンニ・ライモンディが代役を務めたことがあります。両日のライブ録音が残されていますが、確かにヴィオレッタのシーンの後の劇場の盛り上がりは物凄いものです!)
それでも見せ場は十分に多く、有名な「乾杯の歌」を含む3つの二重唱、アリアの直後のカバレッタ、個人的には1番やりがいのある2幕2場のシーン(衆目の面前でヴィオレッタにお金を投げつけた直後に父親から鉄拳制裁を喰らうという、非常にドラマティックな場面です!)など、いかにもイタリアオペラのテノール役らしい役となっています。
大学院を卒業して、プロとして初めてテノールの主役を歌ったのがこのアルフレード役でした。オーケストラも合唱団もいて、セットのある舞台で衣装を着て一本のオペラを歌い演じたいわゆる「デビュー作」ということで、とても思い入れのある作品です。イタリアの劇場も含む色々な所で出演させてもらいましたが、2019年の東京文化会館での出演(藤原歌劇団本公演)はひときわ感慨深いものがありました。デル・モナコ、パヴァロッティ、ジャコミーニなど憧れのテノールの大スターが立った同じ舞台で、イタリアオペラのど真ん中の作品を歌い演じられた幸せは何にも変え難いものとなりました。
(歌詞)
彼女と離れては僕に喜びは無い!
ヴィオレッタがその美しさでいつも賛辞に囲まれ、
あらゆる人を魅了していた贅沢な夜会や、富や恋愛を
僕のために捨ててからもう3ヶ月が過ぎた。
そして今、彼女は僕のために全てを忘れ、
この快適な場所に満足している。
ここで彼女のそばに居ると僕は生き返ったように感じるんだ、
そして愛の息吹に力付けられて
僕は彼女の喜びの中で全ての過去を忘れるのだ。
僕の燃え立つ心の若々しい情熱を、
彼女は穏やかな愛の微笑みで和らげてくれた!…
“私はあなたに忠実に生きたいのです、
まるで誰にも気付かれない存在の天国に
私は生きているようです。”と彼女が言ったあの日から。
(※写真右上:2009年広島での「椿姫」公演。 写真右下:東京文化会館でこのアリアを歌うロベルト・アラーニャ、1990年の上演なのでこの時まだ27歳。ヴィオレッタ役は故佐藤しのぶさんでした。)