次の作曲家は「カターニアの鶯(うぐいす)」の異名を持つベッリーニです。
イタリア・シチリア島のエトナ火山の麓街(ふもとまち)、カターニアで生まれたヴィンチェンツォ・ベッリーニ(1801〜1835年)は初期のオペラ作品から成功を重ね、20代でロッシーニの後継者と評されつつ独自の新しい音楽性も認められ、瞬く間にヨーロッパ音楽界の寵児となったもののわずか33歳という若さで病死した悲運の作曲家でもあります。
オペラの分野では同じベル・カント作品の代表的作曲家であるロッシーニやドニゼッティのように喜劇作品(オペラ・ブッファ)を書くことは無く、わずか10作程度の悲劇(オペラ・セーリア)の作品のみを後世に残しています。また優れた歌曲作品が多く、世界的なプロフェッショナル歌手から学生や愛好家まで幅広く歌い継がれています。
ちなみにロッシーニは全39作、ドニゼッティに至ってはおよそ70作品(!)もオペラを作曲していますが、彼らより少ないとは言えベッリーニもデビュー作からほぼ一年に一作品のペースで完成させていることから、もっと長生きしていればそれなりの作品数を残してくれたかもしれませんね。( なおヴェルディはデビューから54年間で28作品、プッチーニは同42年間で12作品(未完含む)となっています。)
今回歌う『追憶』は亡くなる一年前に書かれた歌曲集「四つのソネット」の中の一曲で、その美しい旋律は一年後に発表され最後のオペラ作品となった、歌劇「清教徒」のヒロイン・エルヴィーラが歌うアリア”あなたの優しい声が Qui la voce sua soave”に転用されています。
官能的な愛の詩をなぞっていく流麗で可憐なメロディーからはベッリーニ特有の”焦燥感”が漂い、「これぞ、ベル・カント」と誰もが感じられる一作ではないでしょうか。なお楽譜冒頭には、「伴奏は弱音ペダルを使って弾かなければならない」と書かれていて、秀平さんにお願いして今回もその指示どおりに演奏する予定です。ピアノの蠱惑的な弱音も併せて、あのショパンも憧れたというベッリーニのロマンティックな旋律美の極致をお伝え出来たらいいなと思います。(初めて歌います。)
(歌詞)
夜のことだった、
僕の心にただ一人存在し
言葉を遮る涙を浮かべた彼女の側で、
僕は自分の苦悩への報いを祈っていた。
美しい瞳を伏せながら彼女は言った、
(だが思い出は消え失せる…)
“あなたの右手を私の胸に当てて下さい、
心があなたを慰めます。
私があなただけを愛しているということを、
あなたは理解しなくてはいけないのです。”と。
そして恋に打ち震えた青白い顔で
彼女は僕の左肩に美しい顔をもたれかけた。
ああ、あの瞬間、
何と死が愛おしかったことか!
(※写真右上:2種類のベッリーニの絵。どちらの肖像画からもこの若い作曲家の美貌ぶりがうかがえる。 写真右下:『追憶 Ricordanza』と歌劇『清教徒』のアリア”あなたの優しい声が Qui la voce sua soave”の冒頭メロディーの対比。)