アリーチェの夫の”フォード”は嫉妬深くてカッコいい!
主役と準主役が共に同じバリトンというオペラは多くありませんが、モーツァルトの傑作「フィガロの結婚」でのフィガロ役と伯爵役はその代表例としてよく知られています。ただし求められる音域としては作曲された当時(まだバリトンという声種が確立されていない時代)の「バス」に相当するため、現代の上演でも片方の役をより重くて深さのあるバス歌手が務めることによって両役の違いを際立たせることも多いようです。
一方この「ファルスタッフ」においては両役が完全に「バリトン」の音域(最高音は共にソ=G音)であるため、2人だけのシーンはまさに”ガチンコ(本気)”の声のぶつかり合いになります!そして自分の妻にちょっかいを出してくるファルスタッフに対して嫉妬心に満ちたフォードが歌うアリア”夢か誠か?”はまさに激唱、これぞヴェルディと言うべき重厚で内容の濃い音楽となっています。「ファルスタッフ」という作品が必ずしも伝統的なオペラ・ブッファという範疇に収まらないのはこのアリアがあるためではないかと思うほどに、強烈なオーケストラ伴奏の中でのパワーみなぎるバリトンの声と迫真の演技力が観る者聴く人を惹きつける名場面となっています!(過去の名演でもR.パネライやG.ザンカナーロ、L.ヌッチなどの主役級バリトンが歌っていて、バリトンならではのその”強靭な美声”を聴かせてくれています。)
妻にも娘にも嫉妬深くて”堅物”な男フォードですが、不器用な面があるとしてもそれは家族であるアリーチェやナンネッタへの愛情の裏返しでもあり、その上で最後にフェントンとの結婚を許す寛容さも持ち合わせた「カッコいい男」の証でもあるのです。
(※貴族らしく、身にまとう衣装も美しいフォードの絵コンテ。手にはお金の入った袋が見えます。写真右が初日組の岡昭宏さん、左が楽日組の森口賢二さん。)