口を開けば奇声を上げる(?)、フランス人医師”カイウス”の登場です!
巨大なオーケストラの金管群の音を突き抜けてこのオペラの第一声を放つのは、物語の主人公の名前を怒り狂って連呼するカイウスその人です。古代ローマ皇帝の立派な名前を持つこのフランス人医師は、主役級テノール=いわゆるプリモ(第1)に次ぐ、「セコンド(第2)」と呼ばれるオペラのテノール歌手特有の役どころを担います。(よく知られるセコンドの役として、「ルチア」のアルトゥーロ、「マクベス」のマルコム、「椿姫」のガストン、「オテッロ」のカッシオ、「マノン・レスコー」のエドモンド、「トスカ」のスポレッタ、「トゥーランドット」のポン、「道化師」のペッペなどがあり、いずれも作品中重要な役どころを担い、中には単独でアリアを与えられたり、ひと幕丸ごとメインのシーンを与えられることがあるほど声楽面、演技面共に高いレベルが必須です。)
ファルスタッフに恨みを持つカイウスはフォードたちと結託して復讐を試みます。その流れでフォードにそそのかされて密かにナンネッタと結婚出来そうになるものの、女たちの策略にかかって失敗に終わり皆の笑い物になってしまいます。怒りっぽい偏屈な中年男(いま風に言えば「キレやすいウザいオヤジ」でしょうか?笑)の下心にお灸を据えて笑いを誘うという構図は今も昔も観る者の溜飲を下げるものですね!
登場する度に常軌を逸した強烈な高音を撒き散らし、その声のインパクトは10人のキャストの中でも随一でしょう!アリアこそ与えられていないものの、確かな発声技術と強靭な声、そして振り切った演技力が求められているため、相当な実力者でないとこの癇癪持ちの役は務まりません。ちょうど今イタリアの本場スカラ座でも「ファルスタッフ」が上演されていますが、そこでカイウス役を歌っているのは昨秋の新国立劇場の開幕公演「夢遊病の女」で我々に圧倒的な美声を聴かせたばかりのA.シラグーザ!さすがに60歳を超えたとは言え、まだまだバリバリのプリモ・テノールの彼がオファーを引き受けるほどに、カイウスはやり甲斐のある役ということでしょうね。そして戦後のカイウス歌いと言えば、”ミスター・セコンド”、ピエロ・デ・パルマ一択でしょう!「この人のカイウスを見ずして(聴かずして)カイウスを語るべからず」であります!
ちなみにそのスカラ座公演でのフェントン役はF.ガテルで、ちょうど一年前のこの時期に新国立劇場で「ドン・パスクワーレ」(エルネスト役)に出演していました。シラグーザとガテルという新国立劇場で去年自分がカバーキャストを務めた世界的テノールの2人と、いま同じ「ファルスタッフ」に取り組んでいるなんて不思議なものですね。彼らと同じスコアのページをめくりながら、こうして世界を跨いで同じヴェルディの傑作に向き合えていることを感慨深く思います。
(※写真右が初日組の所谷直生さん、左が楽日組の及川尚志さん。藤原歌劇団指折りのお二人の”ビンビンの声”をどうぞお楽しみに!)