モーツァルト14歳のオペラ「ポントの王 ミトリダーテ」の再演が目前です。
東京都台東区周辺が本拠地のオペラ団体「かっぱ橋歌劇団」さんの主催で昨年、上野の奏楽堂で上演された同オペラが再上演されます。キャストは昨年の公演(2回公演、ダブルキャスト)で出演した歌手で編成されていますが、テノールのマルツィオ役だけは今回が初役となる中井亮一、つまり私が務めさせて頂きます。マルツィオは敵国ローマの執政官としてポント王と対峙し、王の長男ファルナーチェを懐柔して王国の内側から崩壊させる策を講じる”悪役”と言うべき存在で、前回のミトリダーテ役と異なる立ち位置での今回の出演を今から楽しみにしています。
マルツィオ役は全ての登場人物の中で最も出演時間は少ないものの、作品終盤には立派なアリアが与えられています。敵国に潜入しているローマ帝国の執政官=軍人という事でアリアの音楽も勇壮で、兵士の行軍を想起させる力強い一定のテンポが特徴的ですが、一方でアジリタ唱法を必要とする細かい音符の連続も随所に散りばめられ、後のロッシーニ作品を彷彿させるかようなコロラトゥーラ的なパッセージがこのアリアの難しさを象徴しているように思います。そしてこの時代(=モーツァルト14歳の頃)のオペラ作品を現代のテノールが歌う時に常に問題となる、「頻繁に出てくる高音を、裏声を使わずに歌うこと」の難しさやリスクは、主役のミトリダーテ役のみならず、この脇役に与えられた唯一のアリアでもしっかりと確認することが出来ます。(いくつかの商業用録音や舞台映像ではこのアリアが丸ごとカットされていることもあります。)
同じテノールでも前回演じたミトリダーテ役はアリアの数こそ4つも与えられていますが、細かい音符の連続を高速で歌うアジリタ唱法が求められる曲は1つも無く、モーツァルトがこの作品の登場人物でたった2人の男声歌手、それも両方テノールという一見アンバランスな配役の中にもしっかりとキャラクターや声楽的な違いを書き分けていることが分かります。同じ作品で異なる2つの役を演じることは滅多に無い貴重な機会なので、難しいアリアへの不安はありつつも、楽しみながら歌い演じたいと思います。(これでモーツァルト作品で8つ目の役柄がレパートリーに入ることになります!)
昨年と同じく弦楽四重奏とピアノによる伴奏、衣裳付き、照明付き、字幕付きの”セミ・ステージ形式”で上演されます。リハーサルもあとは本番の会場でのゲネプロを残すのみとなりました、モーツァルトにとって最初のオペラ・セリア(=シリアスな内容のオペラ)を皆様どうぞご覧下さい!
(写真左上:キャストと指揮者、伴奏ピアニストさん、演出家さんと。 右上:オケ合わせの様子。 左下:会場のサンパール荒川。 右下:本文中にあるマルツィオのアリアの一部分。音符の数が多い&高い!)